The Navajo Motel ; the Navajo Travel Center ; Navajo Arizona

<<The Navajo Motel>>
( Navajo に関してはこちら )
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I-40 の Exit 325 の隣、I-40 の南側、そこにあったクラシカルな Route 66 のモーテルがあった。
後に I-40 の South Frontage Road となる Route 66 沿いにあったので、
バイパス化される事もなく、キーとなる場所の中にあったが、
それにもかかわらず無くなってしまい、その跡地に “the Navajo Travel Center” が立っている。


<<the Navajo Travel Center>>
I-40 Exit 325. Navajo, AZ



今は the Navajo Motel の跡地に立つ hogan ( Native Indian の伝統的な住居 ) の形の八角形のモダンな建物。


from Google

the Navajo Nation Tribal Council は 1982 年に the Navajo Nation の企業として、
the Navajo Nation Hospitality Enterprise を立ち上げ、
Navajo Nation にある 3 箇所 ( the Quality Inn Navajo Nation、the Quality Inn Navajo Nation Capita、“Navajo Travel Center” ) を所有運営していた。
3 社全て殆どのスタッフが Navajo の人達で、
ここでは典型的なアメリカの工芸品、馬の鬣の器、Route 66 のお土産を買うことが出来るし、
Shell のガソリンスタンドや Subway も入っている。


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Navajo ; Arizona

<<<Navajo>>>
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Navajo Nation に関してはこちら&こちら
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Navajo は 1895 年に Apache County から独立した Navajo Indian の居留地 Navajo Nation の中の非法人の小さな村で、Route 66 沿いにある。
最初の郡シェリフは以前 Apache County のシャリフだった伝説のガンマン Commodore Perry Owens だった。

村は旅人達の馬にとって水が湧き出る良い場所で、Navajo Springs と最初呼ばれた。
Amiel W. Whipple 中尉のグループが 1853 年に通り、彼らがここを見つけた最初の白人で、
4 年後の 1857 年 9 月に Edward Fitzgerald 中尉が地域を通った時に、
Whipple の道と Navajo Springs を見つけ、
すぐに旅人達の為の休憩場所となった。
1863 年 12 月に Arizona の最初の知事の一行が新しい政府を組織する為に Navajo Springs に到着、
最初の Arizona 領地総督 John Noble Goodwin が儀式を行い、Arizona Territory が作られた。

大陸横断道路の前身である The Beale Wagon Road が 1882 年に敷設され、
The AT&SF は強制的に Navajo Springs から Navajo の人達を移動させて、土地の全てを持ち、
1926 年には Route 66 が Navajo Springs を貫いて建設され、後に I-40 によってバイパス化された。
Navajo の人達は 1930 年には故郷へ戻ることを許され、
1980 年代末まで土地は Navajo Indian によって再び支配された。
今の村には排他的な Native American が住んでおり、
地域の道を通るには the Navajo Nation からの許可が必要。

Painted Desert から Navajo を通って Chambers までの Route 66 は I-40 になってしまっている。
Chambers から Lupton への本来の Route 66 は I-40 の北側に最も近づいて走っているが、
道は最悪で、殆どが砂利道かどろんこ道。
Holbrook から Chambers まではなくなっているか個人所有になっているので、
この区間は I-40 を使うのが一番。




<<Navajo の見どころ>>
the Navajo Motel = The Navajo Travel Center



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Painted Desert Trading Post ; Arizona

<<Painted Desert Trading Post>>
1940 年〜
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Petrified Forest National Park と Navajo の間の広い砂漠の中、
Dead Wash の土手の上にポツンと1軒だけ残っている廃墟で、ランドマークとなっている。
Painted Desert の中のかつての Route 66 ( Pinta Rd. ) 沿いにあり、
今はほとんど忘れ去られていて、道はメインテナンスされておらず、
警告の表示版が立てられている所を奥に進むとある。


from Google



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Joy Nevin、Dotch Windsor が 1942 年に開いた Trading Post。
電気も電話も引かれておらず、ガソリンは風力発電で動く重力ポンプで注がれていた。
近くには何もなかったが、1950 年代末に I-40 でバイパス化されるまで、
旅人達にとって、お土産、食料、飲み物、ガソリンの為の人気の場所だった。
正面に 2 つのガソリンポンプ ( ひさし無し ) があり、平らな屋根のシンプルな白い建物で、
入り口のドアは一つで窓が 3 つあった。
Dotch は最初の妻 Joy Nevin と 1956 年に離婚するまでここを経営。
その後彼は Joy Nevin ( Holbrook に Joy Nevin と言う名前の通りが。 ) と結婚。
二人は Interstate 時代となってクローズするまで、the Trading Post の運営を続けた。
その後廃墟となった建物は次第に劣化し、たくさんの落書きもされているが、
今だに外形だけが残っており、写真家達の恰好の被写体として人気。
近々オーナーが変わり、再オープンの可能性あり。










<<Pinta Road>>
Pinta Rd. Puerco, Arizona
I-40 の EXIT 320 Pinta Rd. は砂漠の中でたった 1 箇所、国立公園内へ降りれる Exit。
そこを降りると、荒れているが、Route 66 の初期の部分が微かに残っており、
Navajo へ向かう新しい I-40 とつながっている。




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the Route 66 Crossing ; Petrified Forest National Park Arizona

<<the Route 66 Crossing>>
( Petrified Forest National Park に関してはこちら )






the Painted Desert の中の見晴台 Lacey Point の先、
Petrified Forest National Park へと行く the Petrified Dorest Rd. と I-40 が交差する少し手前にある。
Route 66 が開通して I-40 が出来るまで ( 1926 年 〜 1961 年 ) の Route 66 の位置を示す場所で、
2006 年に作られた。
The Painted Desert を通り抜ける過酷な道だったこの Route 66。
I-40 が出来るとすぐに誰も通らなくなり、
今は草が生い茂る草原の一部と化している。


Route 66 の標識が 1 本だけ。
向こうに車が走るのが I-40。
2013年9月撮影

近年アスファルトが敷かれ、そこに Route 66 のシールドが彫られていて、
当時の Route 66 の幅が分かる。
1957 年製のキャデラックのバンパーをはめ込んだ碑が立てられていて、
廃車が置かれ、
Route 66 の歴史について書かれた表示板も。
少しだけ当時の Route 66 の路面が荒れた状態で残っているし、
Route 66 に沿って建てられた電信柱が高原の中に今だに残っていて、
当時の Route 66 がどのあたりを通っていたかをイメージ出来る。


2013年9月撮影



2013年9月撮影



キャデラックのバンバーの碑
2013年9月撮影



電信柱がどこまでも。
Old Route 66 がすぐ横を走っていた。
2013年9月撮影


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Painted Desert Inn ; Petrified Forest National Park Arizona

<<Painted Desert Inn>>
1 Park Rd, Petrified Forest National Park, AZ ( Petrified Forest National Park に関してはこちら )
1924 年〜
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the Petrified Forest National Park 内の Loop Road の北約 2 mile にある複合ロッジで、必見!
1924 年に実業家 Herbert David Lore が the Painted Desert を見下ろす高所に建てた。
2 階建てで、建設資材として地元の珪化木を使っていたので、”the Stone Tree House” とも呼ばれ、
小さな 6部屋に 1泊 $ 2〜4 で宿泊でき、レストラン、Native American のアートや工芸品のショップ、
階下にはバーがあり、約 12 年間 Inn として運営されていた。
Lore はまた Painted Desert の南の Black Mountain を抜ける 2 時間の車のツアーもやっていた。


2013年9月撮影

ここを 1936 年に Petrified Desert National Monument が買い上げ、
Casitas ( Inn のロッジとアドベのゲストキャビン ) を National Park Service の建築家 Lyle E. Bennett が設計、
保管部分は the Park Service Branch of Plans and Design が設計を担当し、
建設は 1937 年 〜 1940 年に珪化木のS tone Tree House から、赤土色の外観の Pueblo Revival Style となり、
1940 年に再オープンした。
その後人々が Route 66 の旅がブームになるにつれ、人気となっていった。
当時の Route 66 は the Petrified Forest に立ち寄り、
Painted Desert Inn で食事やショッピングをするのが人気だったが、
第二次世界大戦に参戦の影響もあり、2 年でクローズした。

1947 年、Fred Harvey Company が Harvey House として運営を始め、
Company の建築家でインテリアデザイナーの Mary Jane Colter が、
監督として Hopi の伝統を反映した食堂の改装をすると、
すぐに伝説的な Harvey Girls 達の素晴らしい食堂での素晴らしいもてなしが有名になっていった。
同年 the Painted Desert Inn は化石公園の北の本部となったが、
Route 66 が I-40 になった後、新しい Painted Desert の公園本部がオープンし、
1963 年に the Painted Desert Inn は閉館した。


ダイニングルームにある Harvey Girls の歴史に関する掲示板
2013年9月撮影

その後は定期的なイベントの時だけオープンしていたが、
27 年もの間、見捨てられ、建物は 1965 年には廃墟となってしまった。
1970 年代半ばに取り壊しが提案されたが、公的な保存がなされることになり、
1975 年にはゲストルーム、入口、食堂、テントを張った玄関、天井板のステンドグラス、錫で作られたシャンデリア、手作りの曲げ木家具などが元々の建物に加えて再建され、再オープンし、
1975 年 the National Register of Historic Places に指定された。
1987 年には the National Historic Landmark に指定され、
1949 年当時の姿へと大規模な再建改修工事がなされ、
2006 年に宿泊施設とレストランはないが、博物館、そして書店として再オープンした。
屋内には建物の歴史、Route 66、the Civilian Conservation Corps ( 市民保全部隊 ) の展示がなされている。


ブルーの色が鮮やかな屋内には写真の展示も。
2013年9月撮影


オリジナルデザインのライト

2013年9月撮影



2013年9月撮影



2013年9月撮影

西部開拓時代に、より良い生活を求めて Route 66 を西へ西へとたくさんの家族が移動。
映画 「怒りの葡萄」の中で、その苦しい時代が描かれており、
その中に the Painted Desert Inn も出てくる。


<壁画>
Mary Colter の依頼で 1947 年 〜 1948 年に Hopi のアーテイスト Fred Kabotie が壁画を描いた。
彼女は Grand Canyon National Park の Fred Harvey Hopi House での以前のコラボで Kabotie を知っていた。
壁画には the Painted Desert を通る旅を含む Hopi の生活の様子が描かれている。


Mary Jane Colter が依頼したアーテイスト Fred Kabotie による壁画 ( 1948 年製作 )
2013年9月撮影


<Stone Tree House>
化石と自然石で作られている ”the Painted Desert Inn” は Harbert David Lore の夢だった。
Lore は法律に基づいて珪化木を利用し、1924 年に “the inn” を建てた。
電気は発電をし、水は 10 mile 南の Adamana の Puerco River から送水し、
約 12 年間 “Stone Tree House” を運営した。
ここは the Painted Desert のオアシスで、懐かしい雰囲気だったが、
残念な事に、ベントナイトの粘土の層の上に建てられており、
湿気により粘土が膨らんで、基礎や壁に亀裂が入り始めた為、改装となった。

その後の改修工事には the Civilian Conversation Corp ( CCC ) の男達が携わった。
1930 年代、彼らは CCC を通して多くの国立公園のや他の連邦政府や州の土地の道、建物、線路を作り、
国中の多くの歴史的建築に彼らの足跡をのこした。
CCC の素晴らしい仕事は the Painted Desert Inn に新しい命を与え、
The Inn は 1940 年 7 月 4 日に再オープンしたが、
第二次世界大戦で良い時代は終わり、若者たちの殆どが戦争に行ったので、The CCC は解散となった。







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プロフィール

Mariko Kusakabe

Author:Mariko Kusakabe
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走るごとに、その魅力に、その意味の深さに取り憑かれる。
Find on Route 66 what You Lost!
無くしたものが見つかる道。
ここで何かを感じていただきたい。

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