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Depew ; Oklahoma

<<<Depew>>>
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Creek 郡にある典型的な America の田舎町で、
1926 年に開通したオリジナルの道 Route 66 であるメインストリート沿いに赤煉瓦の廃墟の建物が並んでおり、
周辺にはオリジナルの路面のいくつかが残っている。


2019年4月撮影


2020年10 月撮影


メインストリートの町並み
2014年10 月撮影

Depew 周辺は元々 Indian テリトリーの Creek Nation 内にあったが、
政府は 1896 年 Indian 達に土地を割り当て、残りの土地を放棄させ、
Land Run で地域を Indian 以外の白人達を入植させた。

後に Depew となる土地は、最初に Creek Indian の Lydia Barnett に割り当てられた。
彼は約 115 エーカーの土地を所有していて、そのうちの 6 エーカー未満の土地を、
the St. Louis and Oklahoma City Railroad ( 後に the St.Louis and San Francisco Railway ( FRISCO ) が買収。)が買って、1898 年に Sapulpa と Oklahoma City 間の路線を敷設し、
駅を建設し、Hall と名付けると、近くに小さな集落ができ始め、そこも Hall として知られるようになった。

Bristow の市民である W. F. Malley は 1901 年 1 月 15 日にここを訪れ、
自然がいっぱいで、鉄道がすでに敷かれた商業利用に最適な土地と見て、
Bristow に戻ると、すぐに Henry W. Sims と共に 1 エーカーあたり $ 10 で土地を購入。
町を設立した。

1901 年 1 月 30 日に Malley は郵便局の請願書を作成し、
町の名前を New York の米国上院議員である Chauncy M.Depew に敬意を表して Depew とした。
Depew 氏は N.Y. Central Railroad の鉄道弁護士として始まり、最終的にはその社長になった人物で、
1899 年から 1911 年まで New York の米国上院議員を務め、優れた演説家、講演者でもあった。
1901 年 4 月 12 日に請願が受理され、同日 Depew 郵便局が開設されたが、
公式に町が始まるまでにはもう数年かかった。


最初の郵便局
Depew City Hall 所蔵


Depew の駅
Depew City Hall 所蔵

1905 年、公式に町として認められると、Depew Investment Company が設立され、
町の土地が区画、販売され始めた。
その後まもなく最初の電話会社が開設され、
1905 年と 1906 年の間に、寄付による学校で子供達に Florance Atwell が 教え、
最初の医師 Dr. O.S. Coppedge が Missouri 州 St.Louis から到着したが、
そのスタッフ達はまだメインストリートの切り株を取り除いている状態だった。
その後博士はメインストリートの角にある小さな建物を購入し、彼の診療所とドラッグストアをオープンした。

当初 Depew は主に農業支援の中心地として機能していたが、
Oklahoma が州となった 1907 年頃から、急に成長し始める。

1907 年 10 月に The First State Bank が開設され、
最初の新聞である Depew Independent ( 1940 年代後半まで稼働 ) が 1908 年に W.C.Coop によって設立された。
1909 年 5 月の竜巻により、町は甚大な被害を被ったが、
人口は約 150 人まで増加し、新しい公立学校が建設され、
Depew の最初の教会 the Methodist Church が建てられ、 2 つの綿加工場他、より多くのビジネスができた。

1911 年に Depew の近くで石油が発見された後、町はさらに成長。
1915 年までに Depew 近くの油田が開発され、
Sapulpa と Depew から北西約 12 mile の石油ブームの町 Shamrock までの路線を Oil Fields Railroad が建設。
1920 年に Dr. O.S. Coppedge はドラッグストアとオフィスの新しいモダンなレンガ造りの建物を建てた。


Coppedge Drugstore
Depew City Hall 所蔵

2 番目の銀行である Depew National Bank が新しい Coppedge Pharmacy のすぐ東に設立され、
さらに 2 つの綿加工場も建設された。
この時期が Depew にとって最も繁栄した時代で、
1920 年代半ばまでに、町には 3 つの製材所、別のドラッグストア、歯科医、3 つの食料品店、2 つの理髪店、2 つの機械工店、パイプヤード、3 つの修理工場、パン屋、Ford があり、
後に Chevrolet のディーラーとなった自動車販売店、2 つの屋内劇場、2 つの金物店、4 つのホテル、いくつかの製粉所、3 つのガソリンスタンド、4 つの綿加工場、そして葬儀場などができた。
又 Baptist Church、the Grace Assembly、The Church of God などの多くの教会が建てられた。

この時まで、Depew とその周辺のすべての道路はまだ荒れた状態だったが、
Route 66 が完成し、1927 年に Depew の通りは舗装されたので、丘の町をたくさんの旅行者が通ることとなった。
1925 年から 1930 年代にかけては、ピーク時に 106 人の会員もいた商工会議所も運営されていた。

しかし、他の多くの都市と同様に、Depew も 1929 年の大恐慌の影響をうけ、同時に石油ブームは衰えていき、
1930 年に 人口のピーク1,126 人に達した後、多くの人々が去り、事業が閉鎖され、商工会議所は崩壊。
1930 年代後半には、食料品店は 2 つ、銀行は 1 つ、乾物店は 1 つ、金物店、サービスステーションは 2 つ、
その他いくつかの企業しか存在しない状態になってしまった。

1950 年、the Oklahoma Natural Gas Company が Depew の南に大規模な地下貯蔵プラントを建設したが、
人口は 1960 年代には 600 人台になってしまった。
1950 年代半ばに Route 66 の交通量が増し、安全でなくなったため、
Oklahoma City と Tulsa 間に I-44 ( Turnpike ) が建設され、Depew をバイパス化。
交通量も減り、急速に寂れ始めた。


Water Tank
2020年10月撮影

今日、人口約 550 人のこの美しい小さな町には、
以前の繁栄した日々の証である廃墟となったビルがメインストリートに立ち並ぶ。
大多数の住民は Bristow と Sapulpa での仕事に就いているが、まだ小学校と高校は運営されている。

町は今でも、町の中心を通り抜けるオリジナルの 1920 年代の Route 66 のコンクリートの道、
古い Coppedge Drug Store 跡や Gimmel Gas Station など、いくつかの歴史的建造物も残っており、
小さいながらも、Depew の住民は Route 66 沿いの歴史と遺産を誇りに思っている。

世界的に有名な画家兼彫刻家 Wayne Cooper は Depew で生まれ、今もギャラリーが Depew にある。
高校バスケットボールチーム Depew Hornets の本拠地でもある。




<<Depew の見どころ>>
Depew Loop
Depew近くの歴史的なRoute 66
( 1928 年の残りの路盤、Depew の西、1926年〜1928年のRoute 66、Oakdale Cemetery、Memorial Club Cemetery、old Route 66、1928 年 〜 1984 年の Route 66、Depew の東 )
Coppedge Drugstore、Hospital
Gimmel Gas Station
Depew のかつての 2 つの銀行 ( tate National Bank = Depew City Hall、Depew National Bank )
メインストリートの北側の建物(西側から )
メインストリートの南側の建物(西側から )
Depew 散歩 ( Living Kitchen Farm & Dairy、気になる建物・シーン )


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プロフィール

Mariko Kusakabe

Author:Mariko Kusakabe
憧れのアメリカの象徴 Rout66。
走るごとに、その魅力に、その意味の深さに取り憑かれる。
Find on Route 66 what You Lost!
無くしたものが見つかる道。
ここで何かを感じていただきたい。

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